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Knockin' on Heaven's Door

薄情な私は、毎回会う度に『これが最後、これが最後』と自分に言い聞かせてきた。
それは自分が悲しまないための免疫を高める為。
でもいざ逝ってしまうと、免疫を高めた事が逆効果となり後悔の念が押し寄せてきて涙が止まらなくなった。
存命中に何かやってあげたかったけど、
母は何もやってあげれないくらいどうしようもない身体になってました…30年も。
闘病中、変形し続ける身体、自力歩行はもってのほか、腕も足も上がらない。ただただ痛いだけ。
ただただ寝てるだけ。医者もお手上げさ。当然、私達も何もしてあげられなくてお手上げ。
それでも母は一切弱音をはかず、私達に心配させないように生きてきた。
それはもう見事なもので、誰ひとり母から弱音を聞いた事がないほど、30年も。

ずっとキッツい薬を投与していたから、もう身体が限界だったんだろうね。
30年間、自由に動けなかった身体が不憫で不憫で…悲しみの涙より、無念の涙の方が強い。

心にポッカリ空いた穴。知らず知らずのうちに仏教にすがってる自分がいた。
『とにかくあの世では普通に歩けて走れて拍手したりピースしたり
ジャンケンしたり鼻ほじったり踊れる、普通の身体をお与えください』願いはそれだけ。
そして知らぬ間に手を合わせてアマンダーアマンダー。
それだけでほんのちょっとだけでも気持ちが楽になる。そして思う、仏教ってよくできたシステムだなと。


先人方はこの悲しみを乗り越えて乗り越えて乗り越えてきて、その結果、私が産まれたわけで。
今子供がいない我が家の家系は、空前の灯火状態。
私の中に入ってるおかあさんの血を受け継がないと。
…死んで気付く、悲しき40歳。


おかあさん、オレお寺巡りしてたんだ。おかあさんが普通の動きができますようにと。
おかあさん、オレ、たくさんご朱印ってやつを集めてたんだ。
オレにとってすんごいお宝だけど、棺桶に入れとくよ。
他宗派のもんばっかだけど。
あと四国88ヶ所の御姿88枚セットも入れとくよ。最後の親孝行、こんなんで許してくれ。


あと不謹慎かも知れないけど、
ほどほどに喪に服しつつ空気を読んでいつも通りいろんな所に遊びに行くから。
おかあさんがまだ近くにいるような気がするから、
今まで見たくても見れなかったいろんな街並み、風景を見せてあげるから。
完全にあの世にいく日まで一緒に旅しよ。…な。
そしてサヨナラしような。


追伸
今回の葬式で大体の順番が見えてきた。
もし次、誰かが逝ったら、迷惑じゃなかったら、もれなく棺桶にどんどんご朱印帳入れていくから。
私ができる最後の御礼だと思うから。まだまだたくさんご朱印帳あるから。
いつかみんなで天国で会お。そん時はおかあさんと踊ろ。


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